土居廓中
土居廓中は、安芸一体を支配した安芸氏の城郭跡と、それを囲む武家屋敷のこと。昔のままの街並みがそのままに残され、藩政時代の面影を漂わせています。
土居廓中は土用竹やうばめ樫の生垣に囲まれた昔ながらの武家屋敷が碁盤目状に並び、わたしたちをまるでタイムスリップしたかのような気持ちにさせてくれます。水切り瓦の設けられた屋敷も多く、高知県特有の気候に合わせた昔の人の工夫が垣間見られます。
土居廓中の武家屋敷を訪ねる・野村家
土居廓中内のほとんどの屋敷は個人宅のため、無断で見学することはできません。ただし土居廓中の屋敷の中で唯一一般公開している野村家では、当時の武家屋敷独特の造りを楽しむことができます。
野村家は土居廓中の中でももっとも古いと言われる1830年頃の屋敷。敵の襲撃を防ぐために、門が二重に造られた「塀重門」や、隠れて敵を攻撃するための「武者隠し」など、昔の人の工夫が活かされた造りに感心してしまいます。
■ 野村家見学は9時〜17時。見学無料。
土居廓中の歴史
土居廓中と安芸城には長い歴史があります。
安芸城を拠点に、長い間安芸を支配したのは安芸氏という豪族でした。その安芸氏を滅ぼした長宗我部氏がいったんは支配しますが、関が原の戦い後は山内一豊が土佐に入国。一国の主となります。その山内氏は家臣の五島氏に安芸城を任せ、ここを郡政の拠点としました。
五島氏の家臣はそれぞれ安芸城の回りに屋敷を構えますが、それは身分によって異なるものでした。上級の家来は追手門のすぐそばに広い屋敷を構えることができたと言います。またその周辺には学館や練兵場、菜園なども設けられていたようです。
1615年には一国一城の令によって安芸城は取り壊されますが、五島氏は城跡のそばに屋敷をかまえ、家臣たちもそのままそこに住み続けます。それがこの土居廓中として残っているのです。
土居廓中には東西南北にそれぞれ木戸があり、南の木戸から続く道は商人町となっていました。しかし商人や農民は土居廓中に入ってくることはできず、そこには大きな身分の壁があったようです。
土居廓中へのアクセス |
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| 土居廓中在地 | 高知県安芸市土居 |
| 土居廓中アクセス | 土佐くろしお鉄道安芸駅から元気バス循環一ノ宮線で7分、「西木戸」下車。 |
| 高知市街から55線で40km、約1時間 | |





