高知市立自由民権記念館
自由は土佐の山間より―。
この言葉が表わすように、土佐の自由民権運動は近代日本の発展に大きな役割を果たしてきました。板垣退助、後藤象二郎、植木枝盛、中江兆民・・・。彼らの功績は今なお語り継がれ、現代の日本に大きな影響を残しています。
高知市制100年という節目にあたり、こうした自由民権運動を中心とした土佐の近代史に関する資料を収集・保管・展示し、それらを次世代に受け継いでいく目的で1990年4月1日に開館した高知市立自由民権記念館。常設展示では自由民権運動に関する貴重な資料のほか、映像やパネル、模型などによっても分かりやすくその歩みが紹介されています。
高知市立自由民権記念館で、自由民権に対する人々の熱き情熱を感じてみませんか?
自由民権運動に尽力した人々
◆ 板垣退助
「板垣死すとも自由は死せず」―この言葉で有名な板垣退助。彼は新しく始まった明治政府の下、立憲政治を主張する「民撰議員設立建白書」を提出、さらに土佐で「立志社」を設立し、失業状態の士族の救済活動や民権思想の普及に励みます。これが自由民権運動の始まりでした。明治14年には退助を総理とする自由党が結成。翌年、岐阜での演説中に刺客に襲われて叫んだと言われているのが冒頭の言葉。自由民権運動を推し進めた彼の功績と共にこの言葉は今も語り継がれています。
◆ 植木枝盛
板垣退助に影響を受け、自由民権運動の理論的指導者として活躍を見せた人物。西洋の近代思想を独学で学び、国会開設を要求した「立志社建白書」を起草したほか、私擬憲法中もっとも民主的とされる「東洋大日本国国憲按」を起草し、自由党結成に参画しました。自由党解散後は土佐へ戻り、地方自治や婦人解放を推進。「民権自由論」や「言論自由論」など多くの著書も残しています。ちなみに「自由は土佐の山間より」という言葉は、彼が明治10年に発表した「海南新誌緒言」の中に登場するもの。
◆ 中江兆民
東洋のルソーと言われ、思想家という立場から自由民権運動に大きく関わった、中江兆民。岩倉使節団の一員としてヨーロッパに渡り、フランスで西洋思想を学ぶ。自由民権運動の高まりの中で「東洋自由新聞」の主筆を務めますが、政府の圧力がかかりすぐに廃刊に。しかしその後も「自由新聞」や「東雲新聞」の主筆を務め、明治14年には板垣退助の自由党結成にも参加。さらにこの頃、ルソーの「社会契約論」の漢訳である「民約譯解」も刊行しています。有名な著書である「三酔人経綸問答」の中では、“与えてもらう民権”ではなく“回復する民権”についての主張も見られます。
高知市立自由民権記念館情報 |
|
| 所在地 | 高知県高知市桟橋通4丁目14−3 TEL:088−831−3336 FAX:088−831−3306 |
| 観覧時間 | 9時半〜17時 |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌日振替) 祝日の翌日(土日祝の場合は開館) 年末年始(12月27日〜1月4日) |
| ホームページ | www.minken.city.kochi.kochi.jp/ |
| アクセス | ◆路面電車利用
◆バス利用 ◆車利用 |





