土佐山内家宝物資料館

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土佐山内家宝物資料館

山内一豊に始まり、江戸時代の土佐を16代に渡って治め上げた土佐藩主・山内家。土佐山内家宝物資料館は、1995年、その旧土佐藩主山内家の歴史資料や美術工芸品を保存・公開する目的で設置されました。

土佐山内家宝物資料館には、豊臣秀吉朱印状や徳川将軍家御内書、歴代藩主文書、絵図、系図・家譜などの古文書を約3万点、絵画や武器・武具、茶道具などの美術工芸品を約5千点、和漢書籍を約2万点、古写真を約1万点と、山内家から高知県に寄贈された貴重な資料の数々を収蔵。2ヶ月毎に資料の入れ替えを行いながら展示しています。さらにテーマに沿った特別展示や講座、催物なども開かれており、大名家の生活、そして土佐の歴史に広く触れることができます。

土佐山内家宝物資料館の貴重な歴史資料に触れながら、猛々しい土佐の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

土佐藩主・山内家の歴史

土佐山内家は16代にわたり藩主として土佐の地を治めました。明治4年の廃藩置県により藩主として の役割は終了しますが、本家は侯爵としてその貴重な文化財を受け継いできました。その旧土佐藩主・山内家の中でも、今なおその活躍が語り継がれる二人の藩主の生涯をご紹介いたします。

初代土佐藩主・山内一豊

大河ドラマの主人公として脚光を浴びた初代土佐藩主・山内一豊。一豊の父・盛豊は尾張国で岩倉織田家に仕えていましたが、当時勢力を二分していた織田信長の襲撃によって討死。その後一豊は敵とも言える信長に仕え、次第に頭角を表していきます。信長の死後は豊臣秀吉のもとで従事。その後一豊は徳川家康に就いて関ヶ原の戦いに参加、家康が勝利したことにより土佐の20万石を与えられました。ここに初代土佐藩主・山内一豊が誕生したのです。

また彼の出世の陰には妻・千代の内助の功があったことも忘れてはなりません。土佐山内家宝物資料館では、千代(見性院)に関する貴重な資料の数々も収蔵・展示されています。

第15代土佐藩主・山内容堂

第15代土佐藩主として激動の幕末を生き抜いた、山内容堂(豊信)。13代・14代藩主が急死したことにより、分家出身ながら思わぬ形で藩主に就任することになった容堂は、吉田東洋を起用、薩摩藩主・島津斉彬らと共に「幕末の四賢侯」と称され、幕政にも積極的に参加します。しかし時代は討幕へと大きく傾いていました。容堂は、薩長同盟成立を成功させ新しい国家体制を目指していた坂本龍馬の「船 中八策」を妙案と受け入れ、土佐藩の力を誇示し、さらに徳川の勢力を温存したまま天皇中心の国家を作ろうと、15代将軍慶喜に大政奉還を進言。

しかし結局のところ討幕派のペースで進められる明治政府の体制に馴染むことができず、辞職。その後は大好きな酒や詩歌におぼれる余生を過ごしたと言われています。自らを「鯨海酔侯」と名乗り、外出時は赤ひょうたんを腰から離さなかったという逸話も有名です。

土佐山内家宝物資料館情報

所在地 高知県高知市鷹匠町2−4−26
TEL・FAX:088−873−0406
開館時間 9時〜17時
休館日 年末年始(12月26日〜1月1日)
※その他展示入替えによる休館日はオフィシャルサイトをご覧ください。
ホームページ www10.ocn.ne.jp/~yamauchi/
アクセス 高知駅から土佐電鉄路面電車「升形」行きで約12分、電停「グランド通」下車。徒歩5分。(上記便以外ははりまや橋電停で「鏡川・朝倉・いの」方面行きに乗り換え)
高知駅から高知県交通バス・土佐電鉄バスで約10分、「グランド通」下車。徒歩5分。
高知ICから約20分。(無料駐車場有り)
 
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