絵金祭り

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絵金祭り

家々の軒下に飾られた芝居屏風をろうそくの灯りが照らし出す。おどろおどろしくも鮮やかな美しさを放つのは、幕末から明治時代にかけて活躍した絵金こと絵師・広瀬金蔵の芝居屏風。絵金祭りは夏の夜の幻想的なお祭りです。
絵金祭りがひらかれるのは毎年7月の第三土曜・日曜。どろめ祭りで有名な高知県香美群赤岡町。絵金が多くの芝居絵を描いて暮らしたこの町が、絵金祭りの舞台となります。

絵金祭りでは、幕末から明治にかけて活躍した絵師・金蔵の芝居屏風を家々の軒下に並べます。絵金祭りは日が暮れてからが見どころ。軒下に並べた芝居屏風にろうそくをともし、その灯りで絵金の絵を眺めるのです。ろうそくの灯りに照らし出された絵金の芝居屏風は、明るいところで見るよりも恐ろしくも鮮やかに見る人を芝居絵の世界へと誘います。

絵金の描いた芝居屏風は、今なおその鮮やかさを失うことはありません。絵金の芝居屏風の向こうに、物語の世界が浮かび上がる絵金祭り。みなさまもぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

「絵金」とは

絵金とは、幕末から明治にかけて活躍した絵師、広瀬金蔵。絵金が芝居屏風を描くようになるまでには、さまざまな栄光と挫折がありました。

絵金は1812年、髪結いの息子として生まれました。小さい頃から画才に秀でていた絵金は16歳の頃、その才能を認めた土佐藩の特別の計らいにより江戸にのぼり、3年間狩野派に学びます。そして土佐に戻ると、家老桐間家のお抱え絵師となります。

絵金のその類稀な才能は一方で、人々のねたみを買うことにもなりました。ある時絵金のもとに出入りしていた画商が、絵金が尊敬する師の絵を手本として描いた絵を持ち出し、偽の署名をつけて城下の豪商に売り払ってしまったのです。こうして絵金は偽絵描きという汚名を着せられ、お抱え絵師を解雇、城下追放を言い渡されたのです。

追放された後の絵金の暮らしぶりについては、いまだ謎に包まれています。空白の10年間ののち、絵金は赤岡に住む叔母のもとに身を寄せます。こうして絵金は赤岡の町で、酒蔵をアトリエに当時需要の高かった芝居屏風を描いて暮らしたということです。

その独特の画風から「異端」ともとも呼ばれた絵金の芝居絵ですが、弟子たちが語る絵金の姿は律儀で子煩悩、そして心の底から絵を描くことを愛していたということです。

絵金の世界

絵金の絵絵金の描く絵は、独特の世界観に包まれています。
絵金の絵を最初に見た人は、そのおどろおどろしさにきっと驚くはず。絵金の絵に登場する人物たちは、その表情は怒りや苦しみで醜くゆがみ、ほとばしる血は恐ろしいほど鮮やかな赤色で塗られています。時には首が飛び、時には切られた腹から内臓が飛び出す・・・。絵金祭りで泣き出す子供もいるほど、絵金の描く世界には歪んだ人間の情景が描かれています。

しかし絵金の絵はただ恐ろしいだけではありません。絵金の絵を見れば、そこに描かれている物語の世界が浮かんでくる、それが絵金の芝居絵。題材となった歌舞伎の物語を、一枚の絵の中に見事なまでに表現しているのです。今なお絵金の芝居絵が人々を惹きつけてやまないのはこのためなのです。

また、絵金の描く絵がこれほどまでに人々その世界へとひきつけるのは、絵金独自の技法にあります。絵金の使った絵の具は、貝殻を細かく砕いた胡粉という粒子を混ぜて作った泥絵の具。この胡粉はろうそくの光に反射して輝き、絵金の芝居絵をより鮮やかに見せるのです。さらに絵金は絵の具の中に動物の皮や骨を煮詰めて作ったにかわを混ぜて使いました。にかわには退色などを防ぐ役割があり、このため絵金の芝居屏風はいまだ色あせることなく人々を魅了しているのです。

絵金祭り 日程・アクセス

絵金祭り日程 毎年7月第3土曜・日曜
絵金祭り会場 高知県香美郡赤岡町の本町・横町商店街
アクセス 高知駅から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線で約30分 「あかおか駅」より徒歩5分
高知空港から東へ約10分
高知自動車道・南国インターから国道55号線などで約20分
ぐるなび東京銀座店
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土佐料理司・ねぼけ