南国土佐名物、かつおのたたきを食らう!
カツオのたたきの由来は諸説あり!
南国土佐の名物料理として全国にその名を馳せる、カツオのたたき。皮目を豪快に炙ったこうばしさ、刺身よりも分厚い身、たっぷりの薬味と共にいただくという豪快さが人気を集める逸品です。そんなカツオのたたきの由来は諸説あり、今のところはっきりとしたことはわかっていません。でも様々な由来を思い浮かべながらカツオのたたきを味わってみるのも、楽しいかもしれませんね。
諸説1 生食が禁じられていた時代に、焼魚と偽っていた?
関ヶ原の戦いで徳川家康を支持し、土佐一国を与えられた山内一豊。彼の時代に、カツオを生食することによって食中毒にかかる領民が多くいたため、山内氏はカツオを生食しないようにというおふれを出したそうです。またカツオは当時高価な魚だったため、贅沢を禁じる意味でこのおふれを出したという説もあります。
いずれにしてもその時に何とか法の目をかいくぐろうとして考え出されたのが、表面だけを炙るという方法。一見焼魚のようですが、中はレア。先人のずる賢い知恵が現在のたたきの由来になっているというのは何ともユニークですよね。
諸説2 漁師のまかない料理に由来?
カツオのたたきの由来のもう一つの説としては、カツオ漁をしていた漁師たちが、船上で獲れたばかりのカツオの表面を炙り、塩をたたきこんで食した“まかない料理”が始まりだというもの。
カツオは鮮度が落ちやすく、また特有の生臭みがあったため、こうすることで食べやすくしていたということが考えられます。殺菌や防腐のために、ネギや大葉などの薬味をみじん切りにしてたたきこむといったこともあったそうです。
諸説3 カツオが大漁だった時に、ステーキのようにして食べた?
また、漁が盛んだった地域で、カツオが大漁だった時にステーキのように焼いて食べることを思いついたという説もあります。長宗我部元親が安芸の浜でカツオの大漁と行きあたり、藁で半焼きにして食べたという記述が実際に残されているようです。また明治維新の折、西洋人に食べさせるためにステーキ風に焼いたのが由来だという説もあります。高知でたたきの薬味として添えられるニンニクも、この時に考案されたものだとか。どの説もなかなかユニークです。
● 名前の由来 ●
「たたき」という名前の由来は?
「たたき」という名前は、表面を炙って分厚く切ったカツオに、塩をたたいて馴染ませたことに由来すると言われています。
同じ表面を炙るものでも、このような工程を行わないものは「焼き切り」と呼ぶこともあり、こちらは薩摩や紀伊、伊豆、房総といったカツオ漁が盛んな地域で古くから食されていたと言いますが、「たたき」にして食したのは高知特有のことではないかと考えられています。
カツオは鮮度が落ちやすく特有の生臭みがあるため、塩をたたきこむことで臭みを消し、また身を引き締めて旨みを閉じ込める役割があったのかもしれません。また醤油がまだ貴重だった時代に、塩で味付けをしていたという説もあります。この「たたき」という名は江戸時代の書物にも登場しており、その時代、あるいはそれ以前から調理法として確立していたと言えるでしょう。
塩だけでなくたれをたたいて馴染ませたり、ネギやニンニク、ショウガといった薬味をたたいて染み込ませたりすることもあります。




